伝統・文化

素晴らしき「高倉」の造りとその魅力

奄美大島を巡っていると、時々高倉を見かけます。高倉は、奄美や沖縄で造られてきた高床式倉庫です。かつては穀物を貯蔵したり、軒下を雨の日の作業場所にしたりしていました。今回はこの素晴らしき奄美大島の高倉の造りとその魅力をご紹介します。
photo@龍郷町

1. 100%島の植物で造られている建築物
奄美大島の高倉の素材は、近所の山々で調達されます。特に奄美以南の南西諸島に自生するイジュの木は硬く丈夫ことから柱や中材に重宝され、柱はスベスベに削ることでネズミが登れないようになっています。他にも水に強いアカモモや、硬くシロアリに強いモッコクなどが使用されています。
photo@龍郷町役場

2. 気候に適した屋根や床
高倉の屋根を厚く葺いているのは太陽の熱を遮るため、屋根が急なのは雨水が流れやすく雨漏りを防ぐためだといいます。床板は板張りが多く見られますが、かつては琉球竹を編んだものが張られ、通気性を良くして湿気から食物を守っていたそうです。
photo@宇検村役場

3. 釘は使わない
高倉は釘を使わず、木を削り凹凸をはめ込む「切り込み組み込み式」です。屋根の骨組みも縄で結んでありました。奄美は毎年台風がやってくるため、釘を使用すると強い雨風のせいで接着が弱くなるからだそうです。
photo@大和村大和浜

4. 驚きの収納力
高倉には米俵120個を収納していたそうで、重さにすると4.8トンもあったとか! 他には黒糖の保管をしたり、軒下に塩豚を干したり、子どもが叱られ閉じ込められたりもしたそうです。
photo@大和村大和浜

5. なんと移動も可能
高倉は揺れに強く、台風が来ても倒れないといいます。しかし、柱の下にある貫木を引き抜き、柱を回すように引っ張れば簡単に倒れるそうです。大和村の大棚という集落では戦時中、学校は襲撃されるため高倉を山沿いに移動し、その下で授業を行っていたという話を聞きました。また最近では、高倉を解体し、柱を臼に乗せて転がしながら移動させたという話を聞きました。
photo@奄美市笠利町

高倉の軒下は、優しい風が吹きます。強い太陽や雨から守られているような安心感もあり、木組みは美しい形をしています。ぜひ一度、高倉を見上げ、奄美の自然と対峙してきたご先祖さまたちの知恵と工夫を感じて見てください。

高倉が気になったという方は、ぜひ奄美の文化情報フリーペーパー「ワンダーアマミVol.5 本当に高倉はもう必要ないのだろうか?」をご覧ください。PDFデータも公開しています。
Facebook:https://www.facebook.com/wonder.amami/posts/2946642235599541


参考資料:南海日日新聞/2001年 民俗学からみる奄美の高倉、大和村政だより/1973年 奄美の高倉

㈱しーま 編集部ライター 三田もも子

投稿者の記事一覧

新潟県十日町市生まれ。地方紙記者、農業、バックパッカーなどを経て、旅行雑誌や旅ガイドシリーズの編集に携わる。
同時に、野外フェスの企画運営や、NPO法人で海外教育支援、震災復興支援を行う。2016年4月から奄美大島に移住。
奄美の文化を紹介する「ワンダーアマミ」を定期発刊。ブラジリアン柔術と秋田犬が好き。

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