国連教育科学文化機関(ユネスコ)が2009年、「日本の危機言語」に認定した奄美方言。それを記録収集するプロジェクトが進んでいる。取り組むのは鹿児島県奄美大島・龍郷町出身で元広島経済大学准教授の重野裕美さん(39)=言語学=と白田理人さん(34)=広島大学准教授、言語学=夫妻。奄美大島で活動する「シマユムタ伝える会」とタッグを組み、消えつつある方言を残そうと奮闘している。
■「危険」レベル
「きゅうや、むるあっちゃっとぅ、『はぎ』んだるさんちょ」(きょうはたくさん歩いたので「足」がだるいよ)
シマユムタ伝える会会長で宇検村生勝出身の鈴木るり子さん(70)が聞き手となり、龍郷町赤尾木出身の平久美さん(70)に「足」の方言を尋ね、その方言「はぎ」を使った例文を録音する。21年2月、奄美博物館での調査の一幕だ。
ユネスコによると、世界で2500に上る言語が消滅の危機にある。危機状況を▽安全▽脆弱(ぜいじゃく)▽危険▽重大な危険▽極めて危険▽絶滅-に分類。日本では8言語・方言が危機にあるとし、奄美群島の方言を含む「奄美語」と「国頭語」は「危険」レベルと認定された。
そのような状況を改善しようと国内で始まった「危機言語サミット」。20年2月、奄美大島で開催された時に重野さん夫妻と鈴木さんは出会った。「継承していくのにどうすればいいか分からない」と悩む鈴木さんに、奄美方言の調査をしていた2人は協力を申し出た。
当時、2人の方言調査にはさまざまな壁があった。まず方言を話せる人を見つけることが難しい。対象地域生まれで、言語形成期である15歳くらいまでをその集落で過ごした人でなければならない。見つかったとしても高齢者が多く長時間の調査は困難だ。さらに新型コロナウイルスの感染拡大が2人の来島を阻んだ。
「現地で調査に協力してくれる人を探さなければ」。そう思っていた2人と鈴木さんの思いが一致した。鈴木さんが聞き取り調査を引き受けた。あまみエフエム(奄美市名瀬)も協力を快諾し、方言番組の音源を提供してくれることになった。
■方言教材、講座目指す
調査内容は、人体や植物など基本的な単語約300語を奄美の方言話者に発音してもらい、それを録音するもの。単語の使われ方を分析するために、短い談話も方言で収録する。
鈴木さんの明るいキャラクターと流ちょうな方言につられて、話者も自然に方言を語る。単語や会話にとどまらず、昔の島暮らしの記憶や忘れかけられていた方言など、調査の過程で新たに掘り起こされていく情報もあるという。「専門家が共通語で質問するより、はるかに方言を引き出しやすい」と重野さんは舌を巻く。
収集した音源は広島の重野さんの元へ送られ、そこで文字に書き起こす。得られた情報はインターネットで公開予定。各分野の研究者が一次資料として活用する他、奄美で方言教材を作ったり、方言講座を開いたりして、生かしてしていく考えだ。
重野さん夫妻が目指すのは奄美大島全集落の方言の収集。出身者の重野さんにとっては「方言の中には現代にもつながる奄美の知恵が詰まっていて興味深い」という。今後も方言が話せる協力者を探していく。
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