のぼりを掲げ校歌を歌い、惜別の思いを交わす―。3月末、鹿児島県奄美市の名瀬港では恒例の風景が広がっていたが、紙テープ舞う「島の風物詩」は今年も見られなかった。新型コロナウイルス感染症対策の緩和が進む一方、県や船舶運航会社は住民の岸壁立ち入りと紙テープ使用禁止を継続。安全面と昨年12月に鹿児島市の鹿児島新港であった作業員死亡事故を踏まえ規制を続ける方針だ。だが「安全のための禁止」しか道はないのか。名瀬港での今年の見送り取材では、再開を望む声がいくつも寄せられた。他島の例も参考に、今一度見詰め直したい。
■風物詩
見送りのピークを迎えた3月28日、地域住民の意見を聞いた。目立ったのは紙テープの再開を望む声。奄美市の男子中学生は「復活してほしい。以前の紙テープはすごかった」と振り返った。鹿児島市へ転居する40代女性は「最後にテープが舞う港を見たかった」と話し、龍郷町の80代女性は「数十年ぶりの見送りだが、あの景色が見られなくなり寂しい」とうつむいた。
ターミナル売店の職員によると、「紙テープを購入したい」との問い合わせは今も多い。かつて、この時期一番の売り上げは紙テープだったという。風物詩が途絶えたことで「紙テープの見送りがあったことを知らない」(女子中学生グループ)という声もあった。県の方針に理解を示す声もある。奄美小学校教諭の曽根綾太さん(37)は「形にこだわらず、決められたルールの中でしっかり見送りたい。別れを寂しく思う気持ちが大切だ」と話した。
■世界遺産の島々
環境面を考慮し紙テープを中止すべきとの考えもあるが、世界文化遺産や世界自然遺産のエリアを擁する、国内の他の島々ではどうか。長崎県新上五島町有川港では3月28日、紙テープを手に別れを惜しむ人々の姿があった。五島列島でフェリーを運航する九州商船の担当者は「コロナ禍も見送り人数を減らすなど協力を呼び掛け、紙テープ使用を継続してきた。入場制限エリアを設けて安全を確保し、乗組員や住民がテープを回収している」と話した。
屋久島町宮之浦港でも紙テープの見送りを継続している。屋久島海陸運輸によると、有川港同様の対策をしているという。
東京都小笠原村には独自の見送り風景がある。同村商業観光課によると、住民が島を離れる人へ島の植物で編んだ手作りのレイ(首飾り)を贈る。船から投げたレイが島の海岸に流れ着くと旅立つ人と再会できると言われているという。出港後は小型観光船がフェリーに伴走し、湾口まで見送る姿も見られる。
■奄美の形
名瀬の港の送別風景を見届けてきた奄美市の中原政廣さん(74)は「旅立つ人への感謝の気持ちを表すものであり、島の内面的なつながりの強さを示す文化だった。あの景色だけは残してほしい」と語った。
昨年12月末、名瀬港に寄港したクルーズ船「ぱしふぃっくびいなす」の松井克哉船長(当時)は住民の島唄や紙テープの見送りに対し「奄美の歓送迎は世界一。全国の港の手本となったと思う」と話した。
出港直前まで続く荷役や定時運航への尽力など、安全運航の重責を担う関係者に対し感謝を忘れてはならない。だが、安全管理と人々の思いは本当に両立できないのか。二律背反を追う先に、結の島・奄美にしかできない見送りの形があるのではないか。安易に諦めたくない。
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