奄美群島(鹿児島県)の日本復帰を主導した詩人・泉芳朗の代表作「島」(1949年)の自筆原稿が、関東の親族宅で見つかった。現在は芳朗のおいにあたる泉宏比古さん(64)=神奈川県=が所有している。原稿にはロマン主義フランス文学「レ・ミゼラブル」を引き合いに、公表された詩にはない一節が含まれている。奄美の復帰運動に詳しい志學館大学の原口泉教授(75)は「民族詩人、民衆詩人である泉芳朗の世界への意識や、作家としての視野の広さが伝わってくる」と語った。
宏比古さんの父宏尚さん(95)は、芳朗の末弟。自筆原稿は、宏比古さんが茨城県の実家を整理している際、泉芳朗の日記や未発表の小説、詩などとともに発見した。
「島」は、「私は 島を愛する/黒潮に洗い流された南太平洋のこの一点の島を/一点だから淋(さび)しい/淋しいけれど 消え込んではならない」で始まり、「わたしはここに生きつがなくてはならない 人間の燈(とう)台を探ねて」と結ぶ芳朗の代表作。
同作は自筆原稿と表現が違う部分もあり、刊行にあたって推敲(すいこう)されたとみられる。問題の一節は、発表されている詩の2、3節目、「そして人々は久しい愍(あわれ)みの歴史の頁々に/かなしく 美しい恋や苦悩のうたを捧(ささ)げて来た/わたしはこの島を愛する」と「南太平洋の一点 北半球の一点/ああ そして世界史の この一点」の間に存在。
「そして私は思ひ出す/かつてイギリス海峡の孤島ゲルンシーで/人類の悲涙を絞り切つて書き綴(つづ)られた レ・ミゼラブルを/敗戦国民ビクトル・ユーゴーが ぼろぼろの余命を託して探しあぐんだものは何であつたらうか/人間ジヤンバルジヤンの上に立ちのぼる不可思議の焔(ほむら)/人間の烽火 人間の燈台よ」とある。
ジャン・バルジャンはフランスの詩人で作家のユーゴーが1862年に執筆した「レ・ミゼラブル」の主人公。貧しさと社会の理不尽さから世の中へ深い憎しみを抱いていたが、やがて司教の慈愛や弱い立場の女性らの純粋な愛に触れて目覚め、人類愛の具現者となっていく。
原稿と同時に見つかった芳朗の小説「蕃衣(ばんい)を着て」(楠田書店出版の「奄美のガンジー 泉芳朗の歩んだ道」に収録)は、日本統治時代の台湾で1930年に起こった先住民の蜂起事件「霧社事件」をモチーフにしている。
「島」の発表の際、この一節がどのような経緯で削除されたのかは不明。原口教授は「芳朗先生が世界的な視野を持っていたことがよく分かる資料だ」と話した。
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