主にマダガスカルやインドネシアなどの熱帯地域で作られ、輸入率ほぼ100%という「バニラビーンズ」の生産に挑戦する若者が鹿児島県奄美市笠利町にいる。同市住用町出身の林晋太郎さん(35)は、農林水産省のキャリア官僚から転身、昨年奄美大島にUターンして「AMAMIバリュープロデュース」を立ち上げた。今年夏ごろにはカフェを併設した観光農園もオープン予定。「温暖な気候を生かし、奄美の新しい産業、魅力の一つとして発信したい」と意気込んでいる。
原料のバニラは、つる性の着生ランの一種。インゲン豆のような細長いさやを青いうちに収穫し、乾燥、発酵、熟成させる「キュアリング」という工程を経て独特の甘い香りを放つバニラビーンズができる。
国内ではほぼすべてを輸入に頼っており、財務省の貿易統計によると2021年の輸入額は約10・5億円。一方近年は天災や自然派材料を求める世界的動向などで価格が高騰し、福岡県や沖縄県などで本格生産を目指す動きが出ている。
林さんは九州大学農学部卒。10年に農林水産省に入省し、農業を軸とした地域活性事業、食糧安全保障や農業分野のODA業務などに携わった。19年~22年は在タンザニア日本大使館で一等書記官兼開発協力班長(ODA総括)を務め、現地の農家支援事業でバニラと出合った。
赤土の大地にバナナやパパイア、ソテツが生い茂る様子に奄美との共通点を感じ、古里でのバニラ生産構想が始まったという。農場は標高1千メートルほどの山の中腹。朝は気温が10度を下回ることもあり、奄美の冬場の低温にも耐えられると踏んだ。
大学在学時から「地元に役立つことをしたい」と思っていた林さん。新型コロナの影響で、妻や子と離れての海外生活となったことも将来の生き方を考える契機となった。任務を終え、22年3月に家族と共に奄美大島へ移住。奄美市笠利町に借り受けた休耕地を整備し、同年10月までに苗1300本の作付けを終えた。
林さんのバニラ栽培は、古いハウスの骨組みに遮光シートを掛けて直射日光を遮り、地面にサトウキビの搾りかすを敷いて土の水分量を調整するというシンプルな方法。無加温、無施肥、無農薬だが、苗は冬の寒波にも負けず成長した。
バニラビーンズは製造から2、3年ほど保存可能なため、悪天候に伴う輸送リスクを回避できる。台風対策も、風の当たらない農地選びでクリアできるという。順調にいけば25年ごろから原料のバニラ豆が収穫できる見込み。
昨年12月からは取引先の確保も兼ね、インドネシア産バニラの輸入販売も始めた。全国の洋菓子店のほか、島内のパン屋やカフェ、個人からも注文が入る。今年夏には空港近くにカフェを併設した観光農園もオープンする計画だ。
林さんは「将来的には奄美産バニラビーンズと卵、砂糖を使ったスイーツを提供したい。バニラ生産プロジェクトを多くの人に知ってもらい、奄美の持続的発展につなげたい」と夢を語った。
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