与路島

  1. 新たな一歩、踏み出す 奄美群島=中学生1038人が卒業、門出祝福

    鹿児島県奄美群島の中学校と小中併設校で12日、2023年度卒業式が行われた。県大島教育事務所によると、大島地区の中学校の卒業生は1038人(2月9日現在)。卒業生がゼロの中学校は奄美市の住用、宇検村の久志、名柄の3校で、卒業生が1人の中学校…

  2. 与路島舟こぎ、最後の大会 瀬戸内町=人口減で継続困難、出身者も集い有終の美

    鹿児島県瀬戸内町与路島の与路集落(信島豊武区長、35世帯54人)で5月14日、第33回舟こぎ大会が開…

  3. 与路島のハブ捕獲人(瀬戸内町)1977年

  4. 1978年:昭和53年の町営船「せとなみ」

    1978年:昭和53年の町営船「せとなみ」

    龍郷町秋名・昭和51年9月現在も請島・与路島の住民の足となる、町営船「せつなみ」 …

【特集】世界自然遺産登録

特集「世界自然遺産登録を目指して」

【特集】奄美群島日本復帰を振り返る

【特集】奄美群島日本復帰

奄美群島は太平洋戦争後の1946年(昭和21年)から、アメリカ軍の統治下におかれました。
本土との間で人や物の移動が制限され物資が不足する中、住民による日本復帰運動が広がり署名運動などが行われました。
その島々は、66年前の1953年(昭和28年)12月25日に念願の日本復帰を果たした。
奄美の人々にとって特別な意味を持つこの日を地域のメディアはどのように報じてきたのか・・・。
当時の様子を南日本放送の前進、ラジオ南日本の放送音声と南海日日新聞の紙面で振り返ります。

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