奄美大島に生活の拠点を置きながら、精力的な音楽活動を行なう日本を代表する女性シンガー・元ちとせさん。令和の時代に入り東京オリンピックが開催される2020年は奄美大島が世界自然遺産登録に向け大きな山場を迎える年でもある。元ちとせさんにとっての、AMAMIとはー。その思いを聞いてみた。
元 ちとせ(はじめちとせ)
生年月日:1979年1月5日/出身地:鹿児島県奄美大島
高校3年で「奄美民謡大賞」の「民謡大賞」を史上最年少で受賞。2002年メジャーデビューシングル『ワダツミの木』が リリース後2ヶ月を経てシングル・チャートで1位を記録。社会現象的な大ヒット曲となる。 2012年、ベストアルバム「語り継ぐこと」、戦後70年となる2015年には平和への思いを込めたカバーアルバム「平和元年」をリリース。同作にて第57回日本レコード大賞・企画賞を受賞した。2018年に新録の奄美シマ唄アルバム「元唄(はじめうた)~元ちとせ 奄美シマ唄集~」をリリース。2019年6月から11月の6ケ月に渡り、坂本慎太郎や坂本龍一など気鋭アーティストよる同アルバム楽曲のリミックス音源をマンスリー配信。12月25日には、「元唄 幽玄 ~元ちとせ奄美シマ唄REMIX~」のタイトルで、アナログレコードでの発売が決定した。現在、2人の子供の母親として奄美大島に生活の拠点を置きながら、精力的な音楽活動を行っている。日本を代表する女性シンガーの一人。
メジャーデビューから振り返って
2002年のデビューからすると18年目になるんですけど、1年1年楽しく、鮮明に音楽に対して向き合わせてもらっていましたし、いい出会いと別れを経験しながら歩かせていただけたと思います。
地元・奄美大島に拠点をおく理由(わけ)
よくインタビューできかれる質問のひとつなんですけど、聞かれて、「あぁ、みなさんには特別なことなんだな」と。
ここに何かあって住みたかったのか?と理由をつけると、“子育て”っていうのがあるのかもしれない。自然に旅をして戻ってくる場所なのかなって私は思います。
親と姉たちがいてくれたことが今、一番大きかったと思いますし、島の人達が一緒になって子育てをしてくれたから今こうして歌えているっていうのもあります。
奄美大島で音楽活動をしてみて
デビューするきっかけが島唄をやってきたこと。その時からも音楽活動として島から出て沖縄の民謡の人達に連れてってもらって歌う機会とか、大阪の奄美県人会とか関東県人会とか、繋がって歌の旅をさせてもらってきた。その時は、何かを背負ってるというよりは、歌が好きだからという理由でした。
でも、ここ(奄美大島)に戻ってきてからは、なんでここに生まれ育ったのかとか、この場所に生まれたから今があるってこと、何を返すのかってことを考えるようになりました。
生まれたこの島に、何か一つでも“感謝していること”とか“忘れてほしくないこと”とかを届けようと思ったことは確かですね。