名瀬港

  1. 名瀬港 異動する教職員との別れ 新型コロナの影響も

    奄美市の名瀬港では、異動する教職員の見送りがピークをむかえていますが、今年は新型コロナウイルスの影響で規模を縮小している学校もあります。奄美市の名瀬港では27日夜、異動する教職員を見送ろうと、多くの人が集まっていました。今年…

  2. 1978年:旅立ちの風景「名瀬港」

    1978年:旅立ちの風景「名瀬港」

    奄美大島・昭和53年3月この年、鹿児島県から1万1,300人が県外就職…

  3. 1977年:「旅立つ若者たち」奄美から

    1977年:「旅立つ若者たち」奄美・赤木名集落から

    赤木名中学校の卒業式の様子赤木名集落名瀬港…

【特集】奄美群島日本復帰を振り返る

【特集】奄美群島日本復帰

奄美群島は太平洋戦争後の1946年(昭和21年)から、アメリカ軍の統治下におかれました。
本土との間で人や物の移動が制限され物資が不足する中、住民による日本復帰運動が広がり署名運動などが行われました。
その島々は、66年前の1953年(昭和28年)12月25日に念願の日本復帰を果たした。
奄美の人々にとって特別な意味を持つこの日を地域のメディアはどのように報じてきたのか・・・。
当時の様子を南日本放送の前進、ラジオ南日本の放送音声と南海日日新聞の紙面で振り返ります。

【特集】世界自然遺産登録を目指して

特集「世界自然遺産登録を目指して」

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