奄美群島日本復帰60周年特集号
大勝 方興(おおかつ・ただおき)さん
徳之島町亀津出身。終戦まで中国で暮らす。旧制大島中学入学、新制大島高校卒。
在学中は自治会役員として復帰運動に参加。復帰後、神戸市の小学校教員に採用され、
小学校校長で退職。復帰の語り部として精力的に活動している。
冊子「思い出・・・米軍制下の奄美の暮らしと大高生の復帰運動」を発行。
神戸市灘区。86歳。
Q高校生が復帰運動に立ち上がった背景は。
「生活の苦しさに加え、進学の道が閉ざされたことが大きな理由だ。春休みが終わり、新しい学年が始まったときのこと。ある同級生の姿がない。聞くと、『密航して本土に行った』という。おカネと勇気がある人は密航した。国費留学制度もあったが、一部に限られていた」
Q復帰運動にどのような形で携わったのか。
「日本復帰協議会(復協)が最初に手掛けたのは署名運動だった。14歳以上の住民99.8%が署名した。署名は実に効果的だった。一人一人に会って意義を訴えなくてはいけないからだ。署名は1人で7部した。私たちは署名の点検をした。大変な作業だったが、『これで復帰が実現するんだ』と思えば、うれしくてしょうがなかった」
Q印象的な出来事、出会いは。
「熱風座の演劇『犬田布騒動記』を見て感動した。島の夜明けは米軍支配から解放されたときだと思った。中村安太郎さんは署名簿確認作業の後、にこにこしながら世界の話をしてくれた。泉芳朗を『復帰の父』と呼ぶなら、多くの人材を育てた中村安太郎は『復帰の母』を呼んでほしい」
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